東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)222号 判決
一 請求の原因一ないし三の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、引用例に審決認定の発明が記載されていること、本願発明と引用発明の相違点が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決取消事由(2)について検討する。
1 成立に争いのない甲第二号証の一ないし三によれば、本願明細書(甲第二号証の一、但し同号証の二、三により補正されたもの、以下同じ。)の発明の詳細な説明の項の記載から、審決認定の相違点(2)に係る本願発明の構成について、次の事実が認められる。
即ち、本願発明は、光学繊維の形成に係り「繊維内における伝送される光の減衰を増大させる要因を最低とすること」(甲第二号証の一、六頁五行~六行)を技術的課題とし、紡糸したシリカフイラメントコアに熱可塑性重合体の溶融物を押出し被覆するに当り、シリカ繊維の線速度と熱可塑性溶融物の線速度「間の不釣合が大きすぎる場合に、シリカ表面を溶融物よりあまりに速く移動させる場合にはメルトフラクチヤーのために、あるいは溶融物をシリカ表面よりも速く移動させる場合にはしわがよるために、荒れた界面が生ずる。一方、荒れた界面は、過度の光散乱と伝送光の減衰の増大をもたらす。」(同一七頁三行~九行)との知見に基づき、各種実験をした結果、実施例二では、紡糸速度を三~一五m/分で変化させ(但し、いずれの場合もシリカ繊維の直径が二〇〇μmになるように仕込み速度を調節する)、押出機のスクリユー速度を六m/分に保つて、同一の熱可塑性重合体で押出し被覆したときのドローダウン比は、〇・五六から三・一の間で変化し、ドローダウン比一・七のとき伝送光(波長六三二八Å、以下実施例三~七においても同じ。)の減衰値は最低の三〇dB/km、ドローダウン比〇・五六及び三・一のとき同減衰値は二六〇及び六九〇dB/kmとの(同第二表パート一)、実施例三では、紡糸速度を一二m/分に保ち押出機のスクリユー速度を変化させて押出し被覆したときのドローダウン比は〇・八五から三・八の間で変化し、ドローダウン比一・七のとき伝送光の減衰値は最低の四七dB/km、ドローダウン比〇・八五及び三・八のとき同減衰値は一八八及び八三〇dB/kmとの(同第二表パート二)、実施例四では、紡糸速度と押出機スクリユー速度とをそれぞれ変化させたときのドローダウン比は〇・八から二・二の間で変化し、ドローダウン比一・一のとき伝送光の減衰値は最低の四九dB/km、ドローダウン比〇・八及び二・二のとき同減衰値は六一及び一六五dB/kmとの(同第二表パート三)また、熱可塑性重合体の種類を変えて実施例二の操作を加えた実施例五ないし七の実験をした結果、実施例五ではドローダウン比は〇・七二から二・三の間で変化し、ドローダウン比一・三のとき伝送光の減衰値は最低の九三dB/km、ドローダウン比〇・七二及び二・三のとき同減衰値は二五〇及び三五五dB/kmとの(同第三表)、実施例六ではドローダウン比は〇・九三から二・七の間で変化し、ドローダウン比一・二のとき伝送光の減衰値は最低の六一〇dB/km、ドローダウン比〇・九三及び二・七のとき同減衰値は一〇七〇及び四〇〇〇dB/kmとの(同第四表)、実施例七ではドローダウン比は〇・九三から二・七の間で変化し、ドローダウン比一・五のとき伝送光の減衰値は最低の七五〇dB/km、ドローダウン比〇・九三及び二・七のとき同減衰値一三五〇及び二〇〇〇dB/kmとの(同第五表)各実験結果を得、右実験結果による光学繊維の光学的減衰値(伝送光の減衰値)をメルトドローダウン比の関数としてプロツトし、これに基づいて模式的に順次A~Fの曲線を図面に記載し(同第三図、別紙(一)参照、同図のA~F曲線は実施例二~七の実験結果をプロツトし、これに基づいて模式的に記載したものであることは当事者間に争いがない。)、右実験結果及び右第三図から「本発明の方法においては、重合体被覆操作を紡糸と調和させることおよび押出機スルーブツトを紡糸速度との関連において一・一~二・〇好ましくは一・二~二・〇より好ましくは一・四~一・八のメルトドローダウン比を保つように調節することが必要である。」(同一六頁七行~一一行)ことを見出し、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の構成を採用したものであることが認められる。そして、前記第三図によれば、A~F曲線はいずれも放物線状を描き、ドローダウン比一・一~二・〇の中間で光学的減衰値の最低を示し、右最低点からドローダウン比が小さくなるに従い、また大きくなるに従い同減衰値は次第に増大するが、右範囲内では範囲外に比較して同減衰値は低い値を示しているのであるから、前記認定の実施例の実験条件と併せ考えると、本願発明におけるドローダウン比一・一~二・〇の限定は、紡糸速度、押出スクリユー速度、熱可塑性重合体の種類の点において条件の変化にもかかわらずいずれの条件においても右減衰値の低い範囲を選択したものとして技術的意義のあるものということができる。
2 これに対し、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例明細書の発明の詳細な説明の項の記載から次の事実が認められる。
即ち、引用発明は、シリカフアイバーコアを紡糸し、紡糸直後に該コアより屈折率の低いプラスチツクでその表面を覆い、光伝送用フアイバーを製造するものであるが、このプラスチツクでの被覆は、塗布操作及び乾燥、焼結操作によつてプラスチツク(熱可塑性重合体)クラツド層を付与する方法が記載されているのみで、熱可塑性重合体を溶融して押出法によりクラツド層を設けること、従つてドローダウン比については記載がないことが認められる。
3 右認定のクラツド層の材料として引用例に例示されたプラスチツクが熱可塑性重合体を含むものであり、熱可塑性重合体による被覆の形成手段として押出し被覆によることが本願出願前周知であることは当事者間に争いがないから、本願発明がシリカフイラメントコアへの熱可塑性重合体の被覆に押出し被覆法を採用したことには、審決認定のとおり格別の困難性はないことが明らかである。審決は、この押出し被覆の際、その被覆がダイオリフイスを通るフイラメントコアの引出しに伴つて進行するものであることから、押出し後の被覆の厚さがダイオリフイス開口よりも減少することは当然であるという理由で、ドローダウン比一・一近傍は常識的な数値と認めるとしているので検討するに、前記認定の本願発明の実施例の実験結果からも明らかなとおり、紡糸速度(シリカフイラメントコアの引出し速度)及び押出スクリユー速度(熱可塑性重合体の押出し速度)の変化によりドローダウン比は大きく変化(例えば実施例二ではドローダウン比〇・五六から三・一の間で変化)するのであるから当然には押出し後の被覆の厚さがダイオリフイス開口よりも減少する(ドローダウン比が一より大きくなる)とはいえず、前記審決の判断は根拠がない。
被告は、右の点に関し、シリカフイラメントコアの押出し被覆においては、シリカフイラメントコアの引出し速度と熱可塑性重合体の押出し速度が光学的減衰の減少を目指して策定されることは見易い道理であり、右両速度条件のいずれにも偏倚しない領域を採りドローダウン比を一・〇にすることは常識であるから、これを光学繊維の性能により確認することは格別のことではない旨主張するので検討する。被告主張の右二条件が光学的減衰の減少を目指して策定されることは、右二条件が光学的減衰に影響を及ぼすという知見を得て始めて見易い道理であるといえるところ、右知見が本願出願前当事者にとつて周知であつたことを認めるに足りる証拠はないから、被告の見易い道理である旨の主張は根拠がなく、仮にドローダウン比を一・〇とすることが常識であつたとしても、これを光学的減衰との関係において捉え、本願発明のように一・一ないし二・〇に限定することが容易であるとはいえない。従つて被告の前記主張は採用できない。
また、審決は、同一のクラツド材料についてのドローダウン比の上限と下限とに対応する光学的減衰値は必ずしも相等しないこと、また、各実施例中のデータにおける偏差は第三図によつて示される前記ドローダウン比の限定範囲を著しく逸脱するものを含むことを理由とし、ドローダウン比一・一~二・〇には格別の臨界的意味があるものということはできないとし、被告も同旨の主張をするので検討する。前掲甲第二号証の一によれば、(イ)同第三図のA~F曲線は個々の曲線をとればドローダウン比一・一のときの光学的減衰値と二・〇のときの同減衰値とは一致しないこと、(ロ)別紙(二)説明図のB´C´D´点に示されるとおり、前記実施例中の実験結果の数値の一部に右第三図のB~D曲線上から離れたものがあること、(ハ)右第三図のA~F曲線上ドローダウン比一・一及び二・〇の各点において光学的減衰値が格別に変化しておらず、右数値に臨界的意義がないことが認められ、これらはいずれも審決及び被告指摘のとおりである。しかしながら、前記のとおり、本願発明のドローダウン比一・一~二・〇の限定は、紡糸速度、押出スクリユー速度及び熱可塑性重合体の種類についての条件を種々変化させ、いずれの条件の場合でも、右ドローダウン比の範囲内であれば光学的減衰値の低い光学繊維を得ることができるという意味において技術的意義があるものであるから、右(イ)、(ロ)、(ハ)の事実によつても前記ドローダウン比の限定の技術的意義が失われるものとは認められない。(なお、右第三図のA~F曲線は前示のとおり、実験結果をプロツトし、これに基づき模式的に記載したものであり、右作図の手法を不当とする根拠はない。)そうすると、前記審決の判断は根拠を欠き、被告の主張は採用できない。
4 以上のとおり、本願発明と引用発明とは、シリカフイラメントコア上への熱可塑性重合体の被覆の形成に関する構成を異にし、引用例は相違点(2)のドローダウン比の限定を示唆するものではなく、ほかに右の限定を容易とする根拠も見出すことができないから、相違点(1)(3)について検討するまでもなく、本願発明が引用例に基づき容易に発明することができたということはできない。従つて、これを容易とした審決の判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。
三 よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
(a)シリカの溶融物からシリカフイラメントコアを引出し、
(b)この引き出されたシリカフイラメントコア上に、このコアの屈折率よりも低い屈折率を有する熱可塑性重合体の溶融物を被覆することによる、シリカフイラメントコアおよび該コアの屈折率よりも低い屈折率を有する熱可塑性重合体クラツデイングから成る光学繊維の製造方法において、
(ⅰ)段階(a)において、該シリカフイラメントコアを二〇四〇℃~二一四〇℃の温度において引出し、
(ⅱ)段階(b)において、一・一~二・〇のドローダウン比における押出しによつて該重合体の溶融物を被覆し、
但し、上記のドローダウン比は、ダイオリフイスの開口面積、すなわちダイオリフイスの面積からシリカフイラメントコアの断面積を減じた値対被覆した光学繊維の熱可塑性重合体クラツデイング層の断面積の比である、
且つ、
(ⅲ)該熱可塑性重合体の溶融物を被覆する以前には、該シリカフイラメントコアが如何なる固体表面とも接触しないことを特徴とする方法